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2015年11月 1日 (日)

初の吉野ヶ里歴史公園

佐賀県の神埼市、吉野ヶ里町にまたがる吉野ヶ里遺跡。昭和の早い段階から遺跡があることは知られていたようで、1970年代ごろから甕棺や弥生式土器などが出土していたという。1980年代、工業団地誘致のために事前調査をしたところ、大規模な遺跡があることが判明。それでも、工業団地の計画は縮小しただけだった。1989年2月、大規模な環濠集落があることがメディアに載り、保存運動が始まった。90年に史跡指定、91年に国史跡、そして2001年、吉野ヶ里歴史公園がオープンした。

私がこの地を初めて訪れたのは、報道があった翌年、1990年ぐらいかな。まだ大学生で、実家への帰省ついでに寄ってみた。何もないだだっ広い空き地の一角にプレハブ小屋があり、出土品が展示されていた。当時は邪馬台国九州説を裏付ける証拠であるかのような報道もあり、歴史ロマンに胸躍らせたものだった。

2001年、歴史公園のオープン時に考古学者が「歴史考証を無視したくだらない施設」と批判しているのを聞いた。まあ、いつかは行ってみたいと思いつつ、年末年始に慌ただしく帰省することが多く、行かずじまい。今回、姉、妹ときょうだい3人で公園を初訪問。

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「ただいま~」というネタを書きたいがためだけに撮ってもらった写真。周囲に現実を思い出す建物がないというのは、テーマパークの重要な要素。あ、ここは国営公園でしたな。

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これなんかもう、映画村にある江戸時代の民家みたい。っていうか、40年ほど前の幼少期、これに近い家は近所にもあった気がする。弥生人の建築力は恐るべし! 考古学者の批判はよく分かる。

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鉄鉱石の展示なんだけど…よく読むと「鉄鉱石や砂鉄から鉄を作り出す技術は、弥生時代には無かった」と書いてある。え? なかったんでしょ? 「参考に」展示するって、ちょっとした嘘みたいな気がするよ。

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出ました、当時の再現人形。

奈良国立文化財研究所長を退いた後も、石見銀山遺跡発掘調査委員会の委員長を務めていた田中琢さんは「間歩(坑道)を公開するとき、当時の再現人形なんか置いたらアカンよ。それは遺跡ではなくお化け屋敷」とおっしゃっていた。奈文研所長の意見の正反対の展示。ちょいとふざけて、一緒に酒盛り。

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これはシュールなリフォーム現場。現代の技術を駆使して、2000年前の家屋を再現…いや、創造しとります。

…そんなこんな、吉野ヶ里で過ごした半日。「弥生時代っぽいテーマパーク」と考えると、かなり面白い。「~~村」みたいな偽物の外国のテーマパークが好きなので、私にとってはこういうのはアリ。ただ、小学生や中学生の修学旅行の場としてはどうかなあ。ハウステンボスを本物のオランダだと思う子はいないだろうけど、ここは国営公園。ちゃんと「環濠集落があったのは事実ですが、展示物にはかなり想像が入っています」と教えてあげないとね。

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