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2015年11月 8日 (日)

佐藤さんのこと

人の記憶とは曖昧なものだ。うちのバンドのヴォーカル古市さんの10代からの盟友、佐藤さん。初めてお会いしたのはフライングキッズがオープンした後の2003年ごろかと思っていたけど、過去の日記や新聞記事を読み返し、1995年か96年ごろから一緒に飲みに行っていたことを思い出した。かれこれ20年来のお付き合い。

一番の思い出は1996年4月12日(金)。前夜から3人で飲み歩いた。午前3時か4時になり、今さら帰ってもアレだ、銭湯にでも入って朝を迎えようということになった。街中にある音戸温泉。現在の営業時間は午前1時までとなっているけど、当時はもっと遅くまで、というか早くまでやっていた気がする。ちょっと記憶が曖昧。

さっぱり気分でそのまま出社。誰よりも早く職場に着き、NHKのニュースを見て驚いた。「マツダがフォードの傘下に入ることが分かりました」。あちゃー、特ダネ、抜かれだわ。きょうの夕刊は忙しくなる。そう思うと、眠気が吹き飛んだ。

この日の夕刊一面トップの見出しは「マツダ、フォード傘下 ウォレス新体制で再建 世界市場拡大狙う フォード出資比率33.4%に」。

私は夕刊二面担当。なるべく早く紙面を作り、他の面のサポートが求められる。「きょうはマツダ一色だなあ」。そう思っていると、今度は共同通信から「岩国へ給油機部隊移転 『普天間縮小』日米が合意」の配信。これも、世が世なら堂々トップになるニュース。地元反応などの記事も要る。他人の紙面を手伝うどころか、自分の仕事で一杯一杯。眠気は飛んでいるけど、脳が万全ではない。こりゃあかんわ。反省。

「もう、朝まで飲むのはやめます」と、次に佐藤さんに会ったときには宣言をしたはず。けれどもけれど、過去の日記を読み返すと、頻繁に「始発で帰った」「会社で仮眠」の文言。ダメ人間だなあ。

そういえば、このころの佐藤さんは私のことを「君」付けで呼んでいたっけ。まだ、あくまで「古市の会社の後輩」だったころ。

以下、佐藤さんに関係する過去の日記を抜粋。下線部分は加筆部分。

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■2003/02/09(日)サンキュー ひろし~ま♪
全社的に休みとなる社休日。会社関係の人でイベントやろうとすると、この日しかない。きょうは我が歴史ある「バンド部」の宴。飲んで食べて、演奏して歌って、音楽の楽しさを再認識しようという壮大な計画(あまり壮大でもないか)。開始は午後7時からの予定だが、準備などもあるので、昼過ぎに出発。

集まったのは総勢約20人。生ビールで心とのどを潤した後、やおら前に出て、順番に曲を演奏する。ろくすっぽ練習もせずに行ったものだから、演奏内容はアレだったが、なかなかの盛り上がりだったのでは? 個人的には多数の反省点あり。途中からかなりのハイテンション状態になり、暴走電車状態の司会者となってしまった。

予定していた5時間はあっという間に過ぎ、終幕。楽器のできるお店のマスターさん、ありがとうございました。また数カ月後に同じようなイベントをやらせてもらってもよろしいですか?

深夜。気分もよくなったところで、なぜか中国語の勉強。朝までみっちり、始発電車で帰宅。

バンド部定例会は、1998年を最後に中断。復活させようということでこの日、佐藤さんのフライングキッズが会場になった。私はジャズバンドのベースをやってくれと言われ、訳も分からず加入したけど全くの役立たず。佐藤さんには「全然ダメだったけど、ちょっとだけいいとこもあった」と慰めてもらった。古市さんは当日「風邪で休む」。このころから、音楽の神様に見放されていたのだろう。このころの日記は「なるべく固有名詞を出さない」ことにしており、「楽器のできるお店」がフライングキッズ、「マスター」は佐藤さんのこと。

2004/02/08(日)褒められて伸びるタイプ
さてライブ。いつもより早めに起床、持って行く機材などを確認し、バス停へ向かう。バスの中では曲を再確認したり…することはなく、競馬新聞を読んでいた。先週はバタバタとして馬券購入を見送ったので、2週間ぶり。予想をしている時は楽しい。そういえば、テレビドラマで閑職らしき人の描写として競馬新聞を読んでいる姿がよくあるが、あれは何なのだろう。中央競馬は基本的に週末開催。平日の昼間に競馬新聞は手に入らない。としたら地方競馬か。地方競馬の予想紙って、競馬場で見たことはあるけど、一般書店やコンビニに並んでいるのは見たことがない。不思議だ。

そんなことを考えているうち、会場に到着。今回の会場も昨年と同じ「楽器の置いてある店のマスターが経営している店」。私はベースを担当し、憂歌団、RCサクセション等を数曲やる。ベースを始めたのはひょんなきっかけだった。高校時代に打楽器を始め、大学でオーボエ。就職してからバンドを始め、メンバーが出たり入ったりしてうちベース担当者がいなくなり「じゃやってみっか」という軽いノリだった。当然、まともに弾けるはずもなく、それでも自宅ではひとり、気に入ったフレーズを弾いたりしながら遊んでいた。

今日の本番。本番前に飲み過ぎたか、演奏しながら頭がパニックになってしまった。が、終わった後、見に来ていた後輩から「結構うまいですね」、ベーシストの先輩からは「上達しててびっくりした」と声を掛けてもらった。「上達した」というのは元のレベル云々もあるだろうけど、こうやって褒めてもらうと、素直に嬉しい。音の出る物は、やっぱり楽しい。下手の横好きでもいいじゃない。もっと練習しよう、という気持ちが沸いてきた。

ライブ後はまっすぐ帰らず、中国語の勉強。始発電車で帰宅。

フライングキッズでの開催2年目。佐藤さんも競馬が好きで、ライブ本番前に競馬予想の話をしながら、小さなテレビで観戦したような思い出がある。金岡さんには、部で買ったHDDレコーダーを渡して録音してもらった。「憂歌団」をやったと書いているが、全く記憶がない。佐藤さんもギターを弾いて歌ったのはこのときかな。たけるさんと初めて会ったのはこの年だったような気がする。かなり盛り上がったのだけれど、ドラムの騒音を怒られ、2回で終わってしまった。

■2005/02/13(日)ライブ
年に1度の会社のバンドクラブ演奏会。以前は頻繁にスタジオを借りて練習していたけれど、ここ数年は合わせ練習1回、本番1回。かろうじて楽器を触る生活を忘れない程度でしかない。しかないけれど、繋がっているだけマシだと思うことにしている。

昼すぎ出発。午後3時すぎから打ち合わせ、続けてリハーサル。リハーサルはマイクチェックなどに時間を費やさねばならないのに、そこでまた曲の構成などを確かめ合う。不安が募る。

午後6時スタート。今回は会社のバイトをしている人がメンバーになっている「大和魂」という学生バンドが参加。毎月3回ぐらいずつライブを重ねているそうだ。気合が違う。私たちはというと、20分ほど時間をいただき、4曲を演奏した。楽しかった。それだけで満足。来年といわず、今年中にもう1回ぐらいはやりたいな。機会があれば、演奏曲を公開するかも。

本番後、打ち上げ。遅くなったので会社泊。心掛けがいいのやら悪いのやら。

楽座に会場を移した1年目。佐藤さんも会場に来てくれたと思う。バンド部はお世話になり続けていたこともあり、ゲストミュージシャンとして1、2曲、歌ったのはこの年じゃないかな。ニット帽がよく似合う。

■2006/02/12(日)シークレットライブ
 
さあ、シークレットライブ本番。朝方まで五輪中継を見ていたので、午後起床。曲の構成などを再確認しているうち、柄にもなく緊張してきた。ボンゴを抱え、バスで出発。重たかったのでベースは持参せず。誰かに借りればいいや。この辺の心掛けの悪さが、出来の悪さにつながったのか。

楽座2年目。オサベ君をヴォーカルに連れて来て、ボブ・ディランを和訳した真心ブラザーズの「マイ・バック・ページ」をやったのは前年だったか、この年だったか。後日、佐藤さんから「選曲はいい」と褒められた。「選曲は」。好きな曲なんですと伝えると後年、真心バージョンがオープニングに使われている「ボブ・ディランの頭のなか」という映画のDVDを貸してくれた。ディラン本人が出所した元ミュージシャン役で出演している何だか不思議な映画。人の好きな物などをよく覚えている方だった。

■2007/02/12(月)シークレットライブ
今日は年10回あるかないかの社休日。ごく一部を除き、全社的に休みになる日。ここ数年、2月の社休日は同じイベントを続けている。始まりは14年前(たぶん)、数年の空白期間を経て、今に至る「シ~~~クレットラ~イブ」の日である。

開場直前になると緊張して、幕が開くと段々ハイになって、自分の出番後はノリノリで踊って、めっちゃいい気分になって帰宅して、翌朝になって急に「生まれてすみません」的な反省モードに入って…。毎年、同じような葛藤を続けているんだけど、音がある生活をどうしても続けたい自分がいる。

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写真は、みんながヘロヘロになるころ、フルイッチーが「雨上がりの夜空に」を歌っているシーン。左端、客席に背を向けてベースを持っているのが私。フルイッチーといえば雨上がり、雨上がりといえばフルイッチー。一応、私も弾いてるんだけど、私のベースとアンプの間にあるはずのシールドは外れていたのでした。楽器を持ってるのにエアギター状態。ま、自分の心の中にはちゃんと音があったし、失敗してもみんなに聞かれずに済む状態って、意外と気持ちいいんだよね。

楽座3年目。古市さんが歌うとき、佐藤さんはいつもにこにこ笑っていた。「古市の歌はヘタだ」と言うけれど、本当はきっと大好きだったのだ。友人でありながら、優しく見守る父親のような気分も交じっていたのかもしれない。

■2008/02/11(月)ライブ
今日は年に一度のライブの日。いつもビデオカメラを持って来てくれる先輩が仕事で来られない。たまには撮影なしでもいいかと思ったが、先日から昔の映像を整理していると、後になって演奏シーンを見るのは懐かしく、楽しいものだ。そんなわけで、私が持って行くことにした。先日、HDD&DVD録画ができるやつを買ったのだけど、まだ使い方を熟知していない。せっかく持って行っても何も録画できてなかったりしたら意味がない。それならばと、Hi8を選択。今さらアナログかよ、という声も聞こえてきそうだけど、Hi8の画質はそれなりのものだ。それに、暗がりでの固定カメラ撮影だし、画質云々を問うても仕方あるまい。ボンゴバッグとボンゴスタンドとカメラバッグを両脇に抱え、いざ出陣。

会場に着き、まずはHi8テープの購入の算段から。テープがないと録画できないもんね。近くには大型パソコン・デジカメ店があるし、すぐに手に入るだろう。それに、コンビニにだってテープは置いているはずだ。後輩君を従え、ふらふらと横川巡り。ところが。アナログカセットテープやMDなどはどこの店にもあるのに、Hi8が見当たらない。大型パソコン店に至っては「Hi8ありますか」と尋ねたら、店員が「はいえいとぉ??」と素っ頓狂な声を出し、そのメディアの存在さえ知らないようだった。なんということだ。ソニーがあれだけ押していたメディアは、すでに忘れ去れた存在なのか。

あちこちコンビニを巡り、ポプラで1本だけゲット。しかし、ライブ時間は5時間以上予定されている。1本では圧倒的に足りない。タクシー使って街中の家電店まで行くか、いや、それも面倒だ、さあどうしよう。ダメ元でスーパーに向かった。店内はほとんどが食品ばかり。あーこれは期待できん。…っと思ったら。レジ横にひっそりと3本パック発見。おぉー、天は私を見捨ててはいなかった。ここで後輩君、「最初にここに来てたら思わなかったでしょうけど、スーパーのありがたさを感じますね」。まさにそう思う。さすが「スーパー」なマーケット。コンビニよりこっちの方が便利だわ。

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夕方まだ明るいうちからライブスタート。午後11時前まで延々と出演が続く。なるべく先にやってしまって後は飲みたい私たち、3番目の出番。出来は…楽しかったんで、それでいいにしよう。後は延々、飲み続け。予想以上の大盛況。ライブ後、2次会に行くかどうか少し悩んだが、終電のあるうちの帰宅を選択。電車を降りる時、ボンゴスタンドを車内に忘れそうになった。危ない、危ない。

帰宅後、ゆっくりと風呂に入り就寝…せずに、録画したビデオのチェック。まあまあなんじゃないかな?(自己評価甘し)

初の横川開催(というか最初で最後)。ライブのことより撮影のことばかり心配していた。この年、私はドラム&パーカッション。佐藤さんから「パレードのドラムのリズムだけは合っていた。去年よりいい」と言ってもらった。ダメな部分ははっきりダメと言うけど、その中でちょっとでもいいところを探してくれるのが佐藤さんだった。余談だけど「ビール飲み放題」のはずが缶の発泡酒だったり、始まってほどなく「ビールがなくなった」と言われたり。酸っぱい思い出も。

2009年2月 8日 (日)
バンド部の集い
今日は夕方から会社の「バンド部定例会」。このところ、毎年2月に開くのが恒例となっており、私は欠かさず出席している。午後5時半スタート、日付が変わる直前まで、入れ替わり立ち替わりの演奏が続く。

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↑ビートルズを演奏したバグビーズの皆さん。ビートルに引っ掛け、「bug」と「bee」という虫系単語を並べたのだそうで。

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↑お次はジャズ系。大学のサークル時代から、かれこれ30年という長い付き合いのメンバーが中心だそうで。リーダーがナガイさんなだけに、活動歴もナガイ…

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↑20世紀少年な人々。こういうグッズが売ってあるのかと思ったら、白マスクに手描きで作ったのだそうで。おでこのとこに「肉」って、落書きしたくなったのはヒミツ。演奏後も、このマスクを被ったまま、盛り上げていた。口元の開きが小さく、ストローでビールを飲んでるけど、酔いが回るのが速くなるんじゃね?

午前0時過ぎ、撤収。それぞれのグループで2次会へ移動。2軒目でも、楽器を持って飲めや歌えや大騒ぎ。

本日、締めの1軒はお好み焼き。私、「飲んだ後にお好み焼きを食べる習慣はありません」と言っていたけど、ま、たまには良かろう。習慣的にやってるわけではないので。肉玉そばを先輩と半分ずつ食べた。うむ、半分あれば満足、満足。

そんなこんな。結局、ほぼ12時間、遊びっぱなしで早朝帰宅。あぁ、面白かった。

この年から「古市雅之とTHEテラス」は長い間「without」に突入した。withoutどころか、エロ詩吟をやっただけ。佐藤さんがバンド部定例会に来てくれたのはこの年だったか、前年が最後になったと思う。

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佐藤さん、いつも温かく見守ってくれてありがとうございました。ご冥福をお祈りします。

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