« コストコのプルコギ | トップページ | 予想は外れ »

2014年6月14日 (土)

憲法9条

大学は法学部だった。ゼミの専攻は憲法。国の根幹である憲法を学問として極めたい…と思っていたわけではなく「楽勝らしい」「就職がいいらしい」という話を聞いたのでなんとなく。事実、就職活動のときには教授に推薦をもらったし。

大学に入学した動機は「卒業するため(大卒になる)」。自分が就きたい職業の受験資格がそうだったから。なので、卒業単位がそろっていた4年生の後期は、ゼミがある週1しか学校に行かなかった。バイトしたり、ソフトボールしたり。話は逸れるけど、広島の人ってソフトボールが好きだよねえ。何かあるとすぐ「ソフトしよ」って言う。今思えば、卒業単位がそろった後は他学部も含め、自分の好奇心を満たす講義を受講し放題だったのに、もったいないことをしたもんだ。

そんな「ダメ学生」だった私。いうても法学士で、憲法ゼミなので、少しばかり憲法について語ってみる。まずはあらためて、憲法9条の条文を見てみよう。

-----------
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
-----------

条文を読めば「自衛隊の存在はどうなるの」と感じるのが普通の感覚だろう。実際、私が学生のころ、憲法解釈で、どう自衛隊を位置づけるかは大きな問題だった。「国際紛争を解決する手段としては」存在しているわけではない、自衛のためにあるのですという解釈が最も分かりやすい説明だった。

社会党は長らく「自衛隊の存在は違憲」とし、石橋委員長時代に「違憲合法論」を掲げ、村山首相が誕生して「合憲」となった。現在、自衛隊の存在を違憲とする主要政党はたぶんなくなった。

昨今、議論されている集団的自衛権。「どう解釈すれば集団的自衛権行使を認められるか」という手法は、しっくりこない。例えるなら、ラブレターに対し「せっかく告白してもらいましたが、あなたとはおつき合いできません」という返事をもらった際、どのように解釈すればOKだと判断できるか、と考えるようなもの。恋に恋する若人が空想を巡らせるのは自由だけど、憲法解釈はそんなに自由なものではないはずだよ。

法学部では、過去の判例や学説などを比較しながら、法律をどう解釈すべきかを学ぶ。これからの学生は大変だと思う。判例よりも学説よりも、閣議決定の方が上なのだから。もはや学問として成立しないかもね。

私の個人的意見はさておき、「法律をかじった者」の意見を言うと、集団的自衛権の行使がどうしても必要なら、改憲してください。国民投票の手続法をきちんと整備して、国民の過半数の賛成と、国会議員の3分の2の賛成を得てください。「解釈改憲」ってのは、論理として破綻していると思うなあ。

…そんな土曜日。市長選の選挙戦最終日。最後の訴えを聞いた後、一杯。後は審判を待つだけ…の人の動きを待つだけ。

|

« コストコのプルコギ | トップページ | 予想は外れ »

日々の日記」カテゴリの記事

独り言至極」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1124357/56560179

この記事へのトラックバック一覧です: 憲法9条:

« コストコのプルコギ | トップページ | 予想は外れ »