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2012年4月22日 (日)

冷たいカレーの思い出

午前2時20分前。前日の仕事を終えたばかりで、まだ広島市中区の会社近くにいた。一緒にいた先輩が「ん?」と言って外を見た。「雷?」。ほかの皆も「何か揺れた気がする」。けど、iPhoneの地震速報は何も伝えてこない。

数分後、妻から「今地震あった?」とメールが来た。寝ていたのを起こされるほどの揺れがあったらしい。自宅は広島市中心部から、直線距離で十数キロ。これだけ離れた場所で、同時に揺れを感じたのだから何かあったに違いない。けれど、それが何か分からない。そのまま、しばらくクールダウンした後、帰宅した。

朝。メール号外が来た。山口県和木町の三井化学工場で爆発、炎上事故との報。和木といえば、わが自宅からさらに西、県境の向こうではないか。数十キロ離れた場所まで衝撃が来るとは、どれぐらいの爆発だったのか。近くの人たちは大丈夫だったのか。心配は募る。

仕事は夜勤、朝刊内政面デスク。

弁当を詰めて持って来た。弁当といっても、残っていたカレーと残りご飯。タッパーなるものは、多少の汁気があっても漏れないし、電子レンジで温めれば、冷たい飯を食べずに済む。

私が幼稚園のころだから、40年近く前。当時から私はカレーが好きだったらしい。母は弁当にカレーライスを持たせてくれていた。といっても、当時は密閉度の高いタッパーなんてなかったし、電子レンジもなかった。母はどうしたか。

牛乳瓶にカレーを詰め、フタの部分にビニールか何かを被せ、漏れないようにくるんだ。寒い時期の幼稚園には、室外まで煙突が延びたストーブがあり、給食の前にはストーブの上にかけられた湯の中に瓶を浸け、全員の牛乳を温めていた。記憶が正確ではないが、たぶん私のカレーが入った瓶も、同じように温められていたのだろう。

「温かいご飯+冷たいカレー」とか「冷たいご飯+温かいカレー」など、他人から見ると不思議な食べ方を、小学生のころからたまにやりたくなる(数日前にもやった)。ちゃんと温かい物の方がおいしいはずなのに、なぜか妙に落ち着く味わい。今、昔のことを思い出しながら、幼少時の原体験が要因なのかもと思った。

ちなみに、弁当箱は「荒野の少年イサム」(日本初の西部劇アニメ、だそうである)のイラストがあしらわれたアルマイト製。こちらにご飯が入っていた。ストーブに置き場所があれば、これもそのまま温めることができた。

それにしても。「牛乳瓶にカレー」とは、母もよく考えたものだ。「一人だけ他人と違う物を持っている」とか「他人と違う行動をする」ことをあまり気にしないのは、ひょっとしたら母の性格と、こういう生活の中で培われたのかもしれない。

母のことで思い出した件もう一つ。即席袋麺を作りたいけど、子どもが何分後に食べ始めるか分からない。作っておくと伸びてしまう。そんな時、母は麺を茹でた後、ざるに上げて待っていた。食べる態勢が整うと、熱湯に粉末スープを溶き、上げておいた麺を投入。ちょっとしたつけ麺感覚で(九州でつけ麺の店は見たことなかったけど)、即席ラーメンが別の食べ物のようにおいしく感じた。当たり前のようで、実はあまり知られていない麺のおいしい食べ方じゃないかしら。

そんな思い出に浸りつつ。

仕事後、直帰。

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