« バッテリー | トップページ | しょっちゅう焼酎 »

2011年12月 2日 (金)

小説「飲酒徒歩」

「早く、トロまで回らないかなあ」

妻はそわそわした様子で、寿司皿を見つめている。金色の皿が目の前まで来ると、目を輝かせ、手に取った。おいおい、それ、1000円の皿だろ? 支払うのは一体だれだと思ってるんだい。

向かいに座っているのは妻の祖父、つまりオレにとっては義理の祖父。既に生ビールを3杯飲み干している。老いてきた祖父は、トイレが近い。

「トイレ、まだ近くならないのか」

祖父が不機嫌そうに言う。まあまあ、そう怒らずに、落ち着きましょうよ。

数分待った後、祖父はゆっくりと立ち上がり、目の前のトイレの扉を開けた。戻って来たら、次の1杯を注文するのだろう。

妻の食事の好みは、祖父と似ている。回転寿司が大好きだ。オレたちは毎月1回、3人でこの店を訪れる。祖父はビール3杯でトイレに立つ。席に戻ると、必ず同じ一言を発する。

「昔の回転寿司はな、座席じゃなく、寿司の方が回ってたんだよ」

ほら、来た。オレが物心ついたころから、回転寿司は座席が回っていた。ただ、うちの両親はお酒を飲めないので、回らない席を指定していた。子どもにとって、回る席はまるでメリーゴーランドのごとく、魅惑的だった。大人になった今、オレは必ず、回る席に座る。

「いや、ほんと、自分の好きなタイミングでトイレにも行けないんだから。世知辛い世の中になったもんだ」

ほら、来た。次に祖父が発する言葉は、必ずこれだ。昔を懐かしむ気持ちは分かるが、そんな非近代的なシステムを望む若者なんて、一人もいない。

20××年。時代を揺るがす大事件が起きた。首相のブレーンだった男が酒席の後、歩いて帰宅している途中、転んでしまった。通常ならそれで済むはずだが、打ち所が悪くそのまま亡くなってしまったのだ。その数カ月後、首相の肝いりで成立したのが「飲酒徒歩禁止法」だった。

…と聞いている。何しろ、オレが生まれる前のことだし、仮に生まれていても、子どもにとって、飲酒だのどうだのは関係のないことだ。

人類がまだ発展途上だったころ、飲酒に大らかな時代があったと歴史の教科書に書いてある。文明をつくり上げていく過程で、飲酒後の自動車の運転は厳罰化され、次に自転車が厳罰化された。最後に残ったのが、飲酒徒歩。何度も法案が出されたが廃案が続いた。「守旧派」の抵抗はすさまじかったらしいが、事故をきっかけにようやく成立した。

お酒を飲むと、気持ちが高揚すると同時に、足がふらつくのは誰でも分かる。もっと早く、飲酒徒歩禁止法ができていれば、転倒して亡くなった多くの命を救えたのに。昔は酔ってトラブルを起こしても「酒の席のことだ、と済まされていた」という言葉も、祖父の口癖。そういえば、政治家が酔って会見したこともあったと聞いた。前近代的とは、まさにこのことだ。

飲酒徒歩禁止法は、飲酒後に往来を5メートル以上歩いてはいけない。酒を扱う飲食店は、店の出入り口に乗降場の設置が義務づけられた。ファストフード店のドライブスルーのようなものだ。家族の中に飲酒した人がいれば、ドライバーが車を取りに行き、乗降場前で待つ。

小さな店ならいいのだが、この店のように広いと別の問題が出る。トイレだ。法律の中身を詳しく覚えてはいないが、店舗面積が何十平方メートル以上だかの店は、トイレまで歩く距離が5メートル以内で済む方策を取らねばならない。空港のように動く歩道を設置する店、店内のあらゆるところにトイレを置く店、ゼリー状の簡易トイレを手渡す店。そんな中、最もメジャーなのが、回転座席。トイレの目前まで座席が回るまで待つ。

かつて、人類は本当に愚かだったと思う。酒と同じく、ドラッグの追放も大きな課題だった。今では到底信じられないが、タバコという合法ドラッグがあり、人前で吸っていた時代があったらしい。タバコも時代とともに、吸う場所が制限され、購入免許制が導入され、中毒患者用の限定品となり、今は表向き、タバコは日本からなくなったことになっている。

けれど、今でも地下組織が脈々と製造を続けているようだ。今日も新聞の三面記事に「煙草取締法違反(売買目的の所持)で逮捕」の文字を見かけた。人類は愚かさを少しずつ克服してきているが、愚かな人間はいつの時代でもいるものだ。

「おい、そろそろ帰るぞ。勘定してきてくれ」

祖父の声だ。慌てて立ち上がり、レジに向かおうとした。あ! ヤバい。オレもビールを飲んだんだっけ。オレとしたことが。座席が回るまで待たなくちゃ。飲んでいない妻は、車を取りに駐車場へ出た。

祖父を送り、自宅へ戻った。妻はすぐに寝ついた。ふーっ。家族とはいえ、祖父との食事は気を使うんだよなあ。こんな時、リラックスする物は…

引き出しの奥から小瓶を取り出す。琥珀色の粉が数グラムほど、底の方に残っている。こいつも、本当は非合法なんだよな。けど、これだけはやめられない。

机の上に常備しているお猪口に粉を入れ、お湯を注ぐ。この香り、たまらない。部屋に香りが広がる前に一気にあおる。ぷはぁ、うまい。

ドラッグは大嫌いだけど、コーヒーぐらいは合法にしてもらいたいよ、ホント。オレがコーヒー飲んでいることを妻が知ったら、泣き崩れてしまうだろうか。これで最後の一杯にしよう。

(おわり)

……

昨日、ふと「飲酒後の自動車の運転が厳罰化、次に自転車、そして最後は飲酒徒歩が禁止になる時代が来る」ってな思いつきをつぶやいていたら、「それ、小説にしようよ」という流れになりまして。小説というほどではないけれど、とりあえずフィクションのストーリー仕立てにしてみた。

私、「世にも奇妙な物語」という季節番組が好きなんだよね。このネタを膨らませたら、それっぽい話になるんじゃないかしら。誰か、フジテレビの知り合いに売り込んでくれん? ギャラはいらない、「原作」のクレジットだけあれば。よろしく。あ、やっぱり少しぐらい、ギャラ欲しい(笑)

小説ってものを書いたことがないので、中学生のころによく読んでいた星新一のショートショートを思い浮かべていた。いかがざんしょ。

|

« バッテリー | トップページ | しょっちゅう焼酎 »

独り言至極」カテゴリの記事

コメント

落ちが珈琲か〜、ま、いいか。

投稿: BUN | 2011年12月 3日 (土) 00時04分

BUNさま。
えへっ。最後は「え? コーヒーかよっ」で締めてみましたけど、締まってない?(苦笑
プロットとしては、しかも、思いつきで書いたにしては、まあまあだと思ってるので、次回作以降にご期待して…いただいても予定はありませんが(笑)
これからも、書きっぱなしブログのコンセプトは守っていきますので、よろしくお願いします。

投稿: かげさん | 2011年12月 3日 (土) 00時40分

僕も星新一を思い浮かべていました。

投稿: ひっつ | 2011年12月 6日 (火) 14時50分

ひっつさん。
まあ、「学ぶ」の語源は「真似ぶ」だといいますし、過去に読んだものに似てしまうものなのでしょう。オリジナリティを追求してヘンテコになるより、何かに似ているほうが読まされる方も不安な気持ちにならなくて済むかも。
そのうち、高校時代のあんなこととかこんなことを題材に書きましょうか(笑)

投稿: かげさん | 2011年12月 6日 (火) 16時27分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1124357/43228217

この記事へのトラックバック一覧です: 小説「飲酒徒歩」:

« バッテリー | トップページ | しょっちゅう焼酎 »