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2011年10月26日 (水)

アニキ分

「高校野球の選手を見ると、何歳になってもお兄さんって思うよね」と言う人がいる。私もその気持ちはよく分かる。スポーツマンに対して憧憬の眼差しを向けていた私にとって、野球選手だけでなく、スポーツのできる人は常に「お兄さん」の感覚。それは、同級生であっても同じだ。

高校1年で同じクラスになったR君は、背が高く、顔が小さく、見るからにスポーツマンでカッコ良かった。中学時代はバスケ部、高校に入ってからはラグビー部。わが母校のラグビー部は一度だけ佐賀工を破り、花園に出たことがあったらしく、ちょっとした伝統校だった(ことがあると、卒業生だった教諭に聞いたことがある)。

私はというと、スポーツは好きだったが、体が小さく、フィールド内で敵と交わるスポーツは苦手。具体的にはバスケ、サッカー、ラグビー等。大男が迫ってくると、自分が持っているボールをさっさとどこかにやってしまいたくなったものだ。

高校1年のクラスマッチや体育の授業でバスケ、ラグビーがあった。R君は経験者として、私のような素人に指導をしてくれた。R君は私に「かげみちは頭がいいんだから、頭脳プレーに向いている」と何度も言った。「頭がいい」と言われ、悪い気がする人はいない。

ラグビーの時には「ナンバーエイトをやれ」と言われ、バスケの時にはパス回しの基本などを教えてくれた。どうかすると、クラスマッチで厄介者になりそうな私の心をくすぐり、奮起させた。バスケのクラスマッチでは終了間際、あと1シュートで追い着ける、という展開で、適当に投げたパスがグッドポジションにいたチームメートに届いた。結局、シュートは決まらず、試合にも負けたが「あのパスは良かった」と、他の級友とともに褒めてくれた。

そういえば、高校に入学直後、R君は骨折で入院したっけ。見舞いといえば花か、果物か。そう思っていたら、級友が「骨が折れてもアソコは元気やろ」と、書店に向かい、家族が寝静まった後にだけ開く絵本をたんまりと買い込んだ。書店には学生服で行ったはずなんだけど、年齢制限とかなかったのかなあ。

本でいっぱいになった袋をぶら下げ、病室へ。ちょっと話をしていたら、お母さんが入って来た。慌てて、袋をベッドの下に投げ込む。お母さんは、ちらと視線をやりながら深々と頭を下げ、お礼を言った。ベッド下のことには触れなかった。お母さんはオトナだった。ボクらはまだ、子どもだった。

18歳で九州を離れ、広島に出た。R君とはそのまま疎遠になっていた。5年ほど前、高校卒業20周年の大規模な同窓会があり、再会。私がいる会社にラグビー部があるが、指導者がいなくて困っていると伝えると「呼んでくれたら、いつでも行くばい」と答えてくれた。それから、年賀状のやりとりが再開した。

昨年の正月、帰省して武雄に初売りに行った時、近くの歩道でR君らしき人を見かけた。ニット帽でスラリとした体型は相変わらず。声を掛けようとしたら、子どもと一緒に走り去って行った。スポーツマンはいつまで経ってもスポーツマン。元気っていいな、と思った。

月曜日、同級生から、R君がいった、と連絡があった。2年前に大きな手術をしていたという。昨年の正月に見た時、既に闘病していたことになる。

早い、早すぎるよ。今でもまだ信じられない。世の中って、何でこんなに不公平なのだろう。

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