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2011年8月20日 (土)

微力ながらボランティア

午前5時起床。前夜買っておいたおにぎり、パン、カップみそ汁を食べ、いざ出陣。

午前6時過ぎ、岩手日報本社横を通り、バスの待ち合わせ場所へ。ここから陸前高田まで瓦礫撤去のボランティアに行く。

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途中の休憩場所の前に見えるのが、通称めがね橋。案内板によると「岩手軽便鉄道(現JR釜石線)は、大正4年11月に花巻・仙人峠間を狭軌鉄道として開通。宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』の原風景を連想させ、遠野市のシンボル的な景観」だそうだ。銀河鉄道のモデルなのかどうかは分からない。

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午前9時過ぎ、陸前高田到着。道の駅ならぬ川の駅があり、そこがバスの待機所。東京から直通で来ている人が多く、はとバスの姿が見える。夜通し急いで走って来たのかなあ。まさに、「はとバスは飛ばす」→「はとばすはとばす」→「はとバスはとバス」。

ボランティアセンターで作業場所の割り振りを受け、現場に着いたのは午前10時半前。まず、昼まで作業し、午後は2時ごろで終了だという。これを聞いた時、意外と短いなあと思った。

ところが。始まってみると、慣れない力仕事。なかなか思うように進まず。時間も進まず。暑い。しかも、防塵マスクをしっかり着けるよう言われているので、息が苦しい。

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バスの中での撮影だけど、こんな感じ(モデルはT君)。

たったの3~4時間の作業だったけど、くたくたになった。一日限りのボランティアの人の場合、「今日しかない」という思いが無理につながり、熱中症になったり、倒れたりするケースが多いそうだ。そういうケアのため、あえて時間を短くしているらしい。瓦礫撤去の最中も看護師さんが巡回していた。

夜、参加したみんなと一緒に盛岡市内で反省会。地の魚を食べ、お酒を飲むのは不謹慎かと思ったりするのだけど「おいしい物を食べ、これまで通りの経済活動をしてくれることが支援になるから」と現地の仲間。そう言ってくれると、くいくいマッコリが進みますな。

ご主人は、元は陸前高田で店を開いていた。3月11日、息子さんの大学入学の準備で県外にいたが、店はすべて流されてしまったという。今は盛岡の地で商売を再開し「いつかは陸前高田に戻りたい」と心に決めている。

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