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2011年6月25日 (土)

村下孝蔵13回忌

仕事用に使っているホワイトボードには「15会議」「13○○来客」など、なるべく短めに予定を記入している。そんな中、色んな人に指摘されながら、ホワイトボードから消えなかった文字。それは、6月24日の右隅に書いた「村下孝蔵命日」。急逝した村下さんの今年は13回忌。「それ、書いとかないといけませんか?」って、直接言われたこともあったもんね。書いとかんといけんとです。毎年、RCCラジオでは、あっちゃんこと、西田篤史さんが毎年命日の前後に追悼番組をやっている。昨年は6月21日、聴いた時の日記はここ→

今年の特番は今日25日、午後7時から2時間半。今回初めて、リクエストメールを送った。どの曲も聴きたいし、代表的な曲はほとんど流れるだろうと思う。わざわざリクエストする必要はないかもしれないけれど、応援の気持ちを伝えた方がいいかもしれない。そう思い、番組がスタートしてからメールをした。送ってから30分経たないうちに、あっちゃんがメールを読んでくれた。

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私も九州の出身で、18歳で広島に出てきました。あれから24年。どんなにこちらで過ごしても、九州の訛りが変わらんのは村下さんと同じです。どの曲も大好きでリクエストに悩みますが「心を編んだセーター」の歌詞が染みる「春雨」をリクエストします。

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急にラジオから「かげさんからのリクエストです」って読まれると、びっくりしますなあ。そういえば、中学、高校生のころ、RKBラジオやNHK FM佐賀放送局にリクエストを出したことがあったけど、当時は友だちの間で、まずはペンネームで笑わせたいというのが主流で、読まれたペンネームは「ルチ将軍の頭」とか、ほとんど一発ギャグの世界。

今回、「春雨」をリクエストしたのは、ちょっと前にこういうやり取りがあったから。この「コスモス新聞」のトップ見出しとしてアドバイスした「心を編んだ第5集」は、分かる人が見れば分かる言葉選び。私が結婚をする前後、整理部長だった大先輩から「見出しの言葉を考える前に、阿久悠の歌詞の世界観を知るべきだ」と教えられた。私が知っている阿久悠の歌詞は、ピンクレディーぐらいしかなく、言ってる意味が理解できなかった。今思えば、その理由はよく分かるし、村下さんの歌詞を勧める自分も、そういうラインの中で理解してもらえたら嬉しいかしら。

私が村下孝蔵さんを好きなのは、年代的なことではなく、個人的に好きだから、としか言いようがない。私と同年代の人はすべからく村下さんの曲を聴いた—なんてことはないし。普段はステレオで聴いているのに、今日はノイズが入りながらのモノラルラジオ。それなのに、今日の方が心に染みる番組だったことを忘れずに書いとこ。

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本日は土曜日。

上の娘が図書館で勉強してくるというので、朝から送って行った。出掛けたついで、2〜3週間おきにしているビールのまとめ買いに行こうとも思った。

この季節、午前中でも気温は高い。そんなことも知らず、屋根を開けて渋滞にハマっているおじさんが一人。これはかなり参った。いつも、退社時にオープンドライブを楽しんでいるけど、いつも日が落ちてから。日中の日差しの強さがここまで激しいとは。案の定、夕方に腕を見ると、上半分が赤、下半分が白のツートーンになっていた。とほほ。

今日は、週末で私が自宅にずっといる珍しい日。上の娘を図書館に送った後、休日の昼食はラーメンだろうと作っていたら、下の娘、息子が「それ、食べたい、食べたい」とせがんでくる。私が作っていたのは元祖長浜屋ラーメン。3人で食べていたら、すぐに食べ終わる。そのたび、替玉、替玉、替玉…(を自分で茹でて出すんですけど)。「パパ、次のラーメンちょうだい」って言われる続けるのは手間なのだけれど、麺を茹でながら「もし仮に、この3人で本物のガンナガに行って、ラーメン一杯だけ頼んで、替玉、替玉、替玉って頼んだら、店の人はどういう顔するとやろうか。『一杯のかけそば』のごと、美談になったらよかばってん…」ってなことを考えてたら、面白くなってきた。今日のわが家は「一杯のかけそば」ならぬ「3杯の替玉」。下の娘と息子が2玉分、私が2玉分を食べた勘定。ごちそうさまでした。

昼下がりは、プロ野球のテレビ観戦。詳しくは書かない。理由はそゆこと。どゆこと?

翌日の予定を気にせずにベッドに潜るのは、いつ以来だろう。こういう時に限って、早朝から目が覚めそうだよなあ…ってな不安がズバリ的中していたことだけは記しておく。

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