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2002年12月31日 (火)

2002年のビートの記録

2002/1/5 ゲーセンで1/87ビート大量ゲット

広島の街をちょっとだけふらふら。ゲーセンで「1/87ビート」のおもちゃを見つけた。この手のクレーンゲームは元々得意。1500円ほど使って、ビート、S2000、NSX、N360などホンダ1/87シリーズを11台ゲットした。ビートは不人気車らしく、最前列の取りやすい場所に並んでいたので、黄4台赤2台の6台を占めた。このバンプレストのシリーズは、ユージンのカプセルトミカに比べると、塗装が雑なのが難点だが、一台平均136円の価格を考えるとそれも仕方ない。

Beat (写真奥はトミカ、手前2台がバンプレストの1/87ビート。撮影は2011年3月23日。今も大事に飾ってますよ)

2002/1/6 ちびっこビートが高値

昨日書いた「1/87ビート」の件。某ネットオークションを見ていたら、1台2000円ぐらいの入札額がついていた。あらあら。私に2000円を預けてくれれば、ゲーセンに行って確実に数台をゲットしてあげるのに。ま、近所にゲーセンのない人もいるだろうし、あれこれ言うまい。昨日は「バンプレストのシリーズの塗装は雑」と書いたが、少し訂正。正確には「出来不出来にムラがある」。計6台ゲットしたビートを1台ずつ眺めていたら、非常に出来の良い物もあった。

2002/2/2 ビート車検

ほぼ終日在宅。昼過ぎ、車検のためビート号をディーラーに持ち込んだ。登録から満11年を目前に控えているので、これを機にちょっと多めに手を入れることにした。ホンダプリモ千波(ビートオリジナルパーツで定評がある)で張り替えてもらったリアスクリーンを持ち込み、既に購入済みの幌部品一式とともに交換することに。さらに、色褪せが進みボディと全く違う朱色になったフロントバンパーの再塗装もお願いした。当然、デスビ、ウオーターポンプ、ゴム部品、ホース類のチェックは十分にするようお願いした。1週間後にはリフレッシュしたビート号が帰って来る予定。

2002/2/9 ビート君お帰り

昼過ぎ、車検に出していたビート号を迎えに行った。ちょうど1週間ぶりのご対面である。新品の幌、新品のリアスクリーンが美しい。再塗装されたフロントバンパーの真っ赤が映える。色褪せて赤紫になっていたころは不健康そうに見えたが、真っ赤なリップはドキッとさせる。厚化粧する人はあまり好きではなかったが、リップラインに濃いめの紅を差すのは女性も車もアリ、と思うことにする。

懸案だった部分は、ほぼひと通り整備終了。後はフロントのブレーキディスクを近いうちに交換する必要があると言われた。それと、溝は残っているが経年劣化が見えてきたタイヤ。生産中止となったK GRID-IIをしぶとく履いている。後継のG IIIが発売されたことだし、来週にでもタイヤは交換しようか。ディスクは広島の店で頼むとしよう。

一旦帰って荷物を降ろした後、久しぶりのビート号でしばしドライブ。ルームミラーを覗くと、透明なリアスクリーン越しに後続車の車種が確認できる。普通の車なら当たり前のことだが、これまでの白濁したスクリーンでは「何かいる」ぐらいしか分からなかった。嬉しくなって何度も何度も後方確認をした。次にオープンドライブ。新品幌がやや固いのか、運転席後方でこんもり盛り上がっている。ま、そのうち馴染むだろう。

リフレッシュしたついでに、帰宅後、ドアミラーに親水フィルムを張り付け、フロントガラスとドアガラスに最近買った撥水剤を塗った。親水フィルムは、台所やトイレなど水まわり品で有名な北九州のメーカーが出しているやつで「濡れるほどに良く見える」という触れ込み。撥水剤には「今、お使いの撥水剤は忘れてください」「飛ぶのは当たりまえ!」「今までの撥水剤は研究しつくしました」など、ビッグマウスなキャッチコピーがいくつも書いてある。そこまで言われたら、試してみなくてはなるまい。

オープンカーの泣きどころは雨の日の運転が不快なこと。今回、考えうる限りの雨対策を施した。なんだか嬉しいなあ。長靴を買いたての子どもみたいに「早く雨が降らないかな」などと考えている。で、これで効果がなかったら、どん底までブルーになるかも…

夜な夜な荷作りの続き。今日のメインはミニカー。一台ずつ、保護シートにくるんで箱詰めにした。どれもこれも可愛らしい。新居ができたあかつきには、ちゃんと展示スペースを確保する(つもりだ)から、しばらく暗いとこで我慢してね。

2002/2/10 夢の車と現実のローン

こんな夢を見た。

見知らぬ人が輸送用トラックに積んでホンダNSXを運んで来た。そのNSXは私の目の前で、トラックから降ろされた。つい「いい車ですね」と声を掛けてしまう。すると見知らぬ人が「売ってあげるよ」と答える。びびりつつ「高いから結構です」と答える私。ひるむことなく「138万円でいいよ」と答える見知らぬ人。「その値段なら買えますね」と答える私。「でもローンにすると総額300万円になるよ」と説明する見知らぬ人。気が付くと、NSXが我が家にやってきていた(買ってしまったらしい)。しかし、その納まり場所はガレージではなく、2段ベッドの上の階。ベッドの下には妻と娘が腰掛けていたので、「上にあるやつは重いから気を付けてな」とまぬけな忠告をする私--。

妙な夢を見たなあと思いながら目を覚ました。「138万円」という中途半端な値段はどこから出てきたのだろうと不思議に思ったが、これはビートの新車時の値段だった。でも、どうやったら138万円の車をローンで買うと300万円になるのだ? めちゃ金利が高いか、めちゃローン期間が長いかのどちらかだろう。頭の中が「ビート」と「(家の)ローン」でいっぱいになっている私らしい夢かもしれない。

2002/2/17 G IIIにタイヤ交換

夕方、ビート号のタイヤを交換。ブリジストンG IIIの純正サイズを選んだ。店主が「100キロぐらい慣らし運転をしてくださいね」と言った。「高速道以外で100キロ出せる道ってあるかな。むふふ」と心の中で思った。店主はすぐに私の心を見抜いたようで「100キロというのは距離のことで、速度じゃないですよ」とすぐに念を押した。そうだよな、普通は。

2002/3/7 もうひとりの家族を迎えに

今の職場は3日働いて1日休みが基本。ということで、今日は広島に転勤後初の休日。この日は事前に予定が入っている。それはビート号のお迎え。妻が高速道の運転が未経験だったため、大田から広島に来るとき、プジョー号に家族全員が乗り込み私が運転してきた。そのため、ビート号を置き去りにせざるを得なくなったのだ。

昼までたっぷり寝た後、出発。ビートを取りに行くついでに、安全協会からお借りしたチャイルドシートを返却しなければならない。チャイルドシートを小脇に抱え、家の前からバスに。ふもとからJRに乗り換えて広島駅へ。広島駅から、大田市行きのJRバスに乗った。高速バスとは名ばかりで、途中からはあちらの側道、こちらの側道と狭い道をすべてなめるように走って行く。恥ずかしながら、大田市郊外では私が一度も通ったことのない道さえあった。午後7時過ぎ、無事到着。大田署でチャイルドシートを渡し、歩いて支局へ。

久しぶりのビート号は、エンジンが掛かるかどうかハラハラしたが、すんなりOK。なかなか快調である。慣れた道をすいすいと走る。まだ、大田の方が馴染みのある土地なので、広島に帰るというより広島に行くという感覚だ。それでも、大田には私が住む家はない。

途中で食事をしたりして午後11時過ぎに帰宅。周囲の家はほとんど電気が消えている。エンジン音がうるさくないかと気にしつつ、駐車場に納めた。

2002/5/23 セルフ初体験

うふっ、ついに初体験しちゃいました…セルフのガソリンスタンド。車をスタンドに回しても「いらっしゃいませ~ハイオクですか、レギュラーですか、現金ですか、カードありますかっ!」とせわしなく話し掛ける人がいないだけでも落ち着く。オープンカー乗りで、ミラーにハイドロテクトシートなどを張っている私の場合「ハイオクを現金で、前と横のガラスはいいけど、ミラーと後ろの窓は拭かないでください」と一気に答える必要がなくなるのも楽だ。ボロぞうきんで後ろの窓を拭かれるのは、過剰なサービスというレベルを超え、嫌がらせに等しい。嫌がらせを受けないうえに値段が安いなんて、これはいい。

拳銃のようなあの道具を握った。思ったより重量感がある。引き金を引いた。どぶっと何かが飛び出した感じが手に伝わってきた。「ハイオク満タン入りま~す」とは叫ばなかった。ここは静かに注ぐ店なのだ。引き金を引いたままじっと待った。思ったより長い。引き金の引き方が弱いのだろうか。メーターを見ながら、指へ力を入れたり、弱めたりしてみたが、数字の動きが変わったのか判別はできなかった。

しばらくするとガチンという音とともに注入が止まった。自動休止である。これまで見てきたプロの方々は、ここでメーターを見ながらちょろちょろ、ちょろちょろと注ぎ足し、量の端数が出ないように調整していた。私もその例にならい、ちょろちょろ、と注ぎ足してみた。うん、このちょろちょろがプロっぽい。うまい具合に端数はそろわなかったが満足。「プロっぽい」動作をしたことに意味がある。

そのまま手ぶらでカウンターに行った。じっとこっちを見ていたのか、すぐに金額を読み上げられた。思ったほど安くなかった。ひょっとしたら体験料込みだったかもしれない。なかなか面白かったので、これからもセルフでやってみることにする。

2002/6/22 ABCに新星登場

一昨日の新聞だったか、経済面の片隅に「ダイハツ コペン発売」の商品ニュースを見た。バブルが弾け、軽スポーツがすべて消えた中、発売前にはビートオーナー、カプチオーナーの中でもかなり気になる存在となっていた。が、正式発売されたのに、メーリングリストでもそれらしい話題は出ていないし、まだテレビCMも見たことがない。細々とやっていくつもりなのか。コペンが成功を収めれば、開発が止まっているホンダS660(ビート後継)の開発も再開するかもしれないし、注目しておこう。今度、時間ができたらダイハツに寄ってみようかな。

2002/9/20 お天道様の下で点灯しよう

夕刊を読んでいたら、ちょっと気になる話題記事。自動車の昼間の点灯は是か非か、というテーマで、点灯を心掛ける運送会社などの取り組みを紹介し、その一方で車が点灯するとバイクなどが見えにくくなる、という反対意見を取り上げていた。

私はかれこれ7、8年前から、雨の日、雲の厚い日などは点灯走行を続けている。ビートという小さな車に乗っていると、水しぶきが上がった時などに対向車から認識できないのではないか、という不安があり、誰に言われるでもなく始めた。これはかなり効果的だと思うが、一番の難点は対向車がパッシングしてくること。わざわざ手のひらを閉じたり開けたりしながら「あんた、ライトがつけっぱなしだよ」と合図してくる。広島市内などを走っていると、ひっきりなしにパッシングされるので、自分が悪いことをしているような気にさえなってしまう。「ライト点灯中」という札でも張っておかねばならないかと思う。

そんな中。1カ月ぶりぐらいにビート号を可愛がろうと思っていたら、バッテリーが死んでいた。先月ごろから不安定になっていたので、そろそろ代えようと思っていた矢先だった。バッテリーに一番いけないのは、昼間の点灯より、真夏にほったらかしにされることである。

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